ヘナチョコなマスコミD

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内閣情報局

興味深い古雑誌を発見した。

 

昭和13年頃から終戦にいたるまでの、太平洋戦争のプロパガンダ雑誌である。

20ページほどの写真が多いA4版のグラフ雑誌だ。

毎週発行されるので、雑誌名は『写真週報』。

定価は10銭。

内閣情報局が発行元だ。

横の号は、昭和17年3月25日発行の213号である。

 

昭和17年といえば、前年の12月8日に大東亜戦争が勃発し、

1月2日マニラ占領。

同18日に日独伊軍事同盟締結。

同23日ラバウル占領。

2月9日マカッサル占領。

同15日シンガポール占領し、マレー英軍全面降伏。

3月9日バンドン占領、蘭印軍全面降伏。

・・・と、破竹の勢いで、日本軍が南下し、戦果を挙げていっていた時期である。


戦果に応へる道

特集記事では、大東亜戦勝勃発からわずか3ヶ月あまりで、挙げた成果をグラフにしてある。

今後の戦いについて、こう記述する。

文章を引用する。

戦果に応へる道〜これからが生活の戦だ

大東亜戦争勃発以來、わづかに三ケ月余、太平洋と大東亜の様相は全く一変しました。

香港、マニラ、マレー、シンガポール、蘭印、ラソグーン、ニューギニア

敵の拠点は相次いでわが占領するところとなり、

わが海軍は太平洋における敵の勢力に致命的の打撃を輿へ、

遠く米洲西海岸を脅かし、西はインド洋に作戦を拡大してゐます。

荒鷲またハワイに不滅の戦果を挙げ、濠洲ポートダーウィンに鵬翼を延ばし

大東亜海』の制海、制空権を着々と確保しつヽある有様であります。

 

南方作戦三ヶ月の戦果をみますと、

わが占領叉は制圧下の地域は、実にわが日本の総面積の約五倍に達し、 約一億の人口を擁するに至つてゐます。

この間、陸海軍の戦果は、俘虜だけでも二十一万人といふやうに、

次頁以下の図表にみるやうにすばらしいものがあります。

かくも赫々たる戦果がかくも短期間にあげられたことは、

まことに御稜威(みいつ)の下皇軍将兵の勇戦奮闘の結果ではありますが、

『神霊上ニアリ』と仰せられた神國日本の面目躍如として

今こそ日本の光が南方に光被する機会を得たのであります。

御民われ生けるしるしあり、私どもの何たる感激であり、何たる喜びであゆませう。

 

しかし、この大勝をもつて、戦ひの峠がみえたかのやうに安心することは早計であります。

成る程、敵が戦前から誇称してゐたABCD包囲線は、 わが作戦によつて寸断され、粉砕されましたが、

まだまだ敵の勢力は太平洋からも一掃されたわけではありません。

今後濠洲あたりを根拠地にして、潜水艦や飛行機で、 海上及び空中よりのゲリラ戦を必死につヾけるでせう。

 

わが占領地をねらふばかりでなく、遠く日本本土の空襲を企てて、 敵の航空母艦が北上の途にあつたことはご承知の通りです。

 

そればかりでありません。

今や本國防衛に手一ぱいとなつてゐる英國はともかくとして、 米國は厖大なる軍備拡充計画を進めて、日本に復讐する機会をねらつてゐるのであります。

ルーズヴェルトのあの天文学的数字がそのまま實現出来ないにしても、 何しろ物力、金力の國であるから、 それに物をいはせて相當のことをやることだけは覚悟しておかねばなりません。

スローガン

戦争標語

文章がとても美しい。

文語調であることも要因だが、流れるような情緒的な文体は、論文よりも散文に 近い。

現代でも、左翼のチラシ・演説(最近減りましたね)よりも 右翼のチラシ・演説の方が、情緒的で、聴いていてうっとりする(かといって同意はしないが)。

 

一方で、詳細な戦果とその経済効果を分析していながら、アメリカの今後の反撃については、

 

「ルーズヴェルトのあの天文学的数字がそのまま實現出来ないにしても、 何しろ物力、金力の國であるから、 それに物をいはせて相當のことをやることだけは覚悟しておかねばなりません。 」と途端に情緒的に語ってしまう。

つまり、今も昔も官僚というのは、結果を綿密に分析したりはできるが、今後の方針を立てるのは、 苦手なんだなあ。

 

スローガンも掲載してあった。

スローガンからは、どこでこの戦争を終結させようと思ったが、ということが推測できる。

西、ロンドンで入城式を

東、ニューヨーク沖で観艦式を

ということだから、

 

このまま西と東に攻めていって、世界征服を企てていたのだ


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