ヘナチョコな詐欺師F

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マルチ商法

20年前のある日、同じ社宅にすむ山崎(仮名)が、

「前に工場で一緒だった横野(仮名)君から連絡があったよ。」と言う。

横野?・・・ああ、同期で入社してやめた奴だ。

もう3年前(今から23年前)のことだ。

 

・・・新入社員当時、わたしと横野と今も同僚の山崎は3人とも同じ工場に研修生として過ごしていた。

横野の場合、親が税理士事務所を経営していて、本人も優秀な男だったが、3年前、「税理士になる勉強をする。」と入社2年目に会社を退職していた。

その後、わたしと山崎は本社に呼び戻され、お互いに結婚もして、同じ社宅に住んでいた。

横野も退職した後に、付き合っていた本社の同期の女子社員と結婚したと聞いた。 その後も税理士の勉強をしているんだろうなと思って懐かしくなった。

 

山崎の話だと

「横野から電話があって、今度、久しぶりに会いたいって言うから、ウチに招待することにしたんだ。お前も一緒に久しぶりに飲もうよ。」

ということで、山崎の社宅に出掛けていった。

すると、そこには、同期の横野以外にもう一人、見かけない男がいた。

横野の友人らしく、一応名前は名乗ったが、それ以上はしゃべらない。

そうか、税理士の勉強をしていたから、税理士仲間かな、と思った。

その友人らしき男は、我々の話に微笑んだり、相槌をうったりはするものの、あまり話さなかった。

飲みながらの食事も終わった頃、その友人らしき男が、横野に「そろそろ始めようか。」と言って、大きなバッグを取り出した。

男はバッグからガラスの板とスポンジと洗剤のような物を取り出した。

 

いままで黙っていたのが、嘘のように男はしゃべりはじめた。

あまりに流暢な説明なので、何の説明をしているのかわからなかったほどだ。

スポンジに黒い墨をつけて、ガラス板に塗り、それを洗剤でこする実験をやっていた。

どうやら、この洗剤がいかにすごいかを説明しているらしい。

まるで秋葉原の街頭販売のおっさんのようだった。量も少量ですむので経済的らしい。有名デパートやスーパーにもどこにも置いていない良い洗剤1本買えば1年以上使えそうだ。 そんなものを売り始めたら、みんな当分洗剤なんか不要になって、日本の洗剤メーカーは存亡の危機になるだろうな。

 

・・・でも、なぜ?

なぜ、この男が我々3人とまったく関係の無い洗剤の話で盛り上がっているんだろうか?

聞いていくうちに洗剤の話題から、どうやってこの商品を紹介しているか、この商品を紹介する システムがいかに素晴らしいかということを説明し始めた。

わたしは山崎の奥さんが出してくれた食後の果物を味もわからず食べながら、「まずい」と思った。

果物が「まずい」のではない。おかれているこの状況が「まずい」のだ。

これはマルチだ、間違いない。お人好しの山崎はまだ気づいていない。元来、この手の話に引っかかりやすいのだ。独身のときも、田舎の工場に暮らしていたのに、英会話の教材や百科事典など買わされていたものだった。

横野といえば、その男に指示されるまま、ガラス板をしまったり、書類を見せたりしている。元来、口下手であまり無駄なことはしゃべらない男だったのに、男に指示されながら、相槌を強要されているようで、慣れないその動作が痛々しく情けなかった。

 

そして男の決定的な言葉が出た。今からもう20年も前のことなのによく憶えているものだ。

 

「横野とわたしは友達です。今日お話することでわたしとあなたももうお友達です。」

男は、横野を指差して「横野もこのシステムに賛同して、今とても努力している。次のステータスにそろそろいけるでしょう。」

といって、彼が獲得してきた顧客名簿らしきものをチラッと見せてくれた。

そこには、親、兄弟のものが多かった。なぜなら「横野」という苗字が並んでいたからだ。 それから会社にいた奥さんの同僚の名前・・・

横野が会社を辞めたときのことを思い出していた。こいつは、おとなしそうな顔をして、自分のために利用できるものは何でも利用する奴だった。

 

わたしは話題を変えてみようと思って、横野に話しかけた。

「ねえ、税理士にはなったの?お父さんの事務所で働いてんの?」

「いや」横野は答えた。

「俺、BMWが欲しいからさ、税理士の勉強はしばらく休んでこのビジネスをやってるんだよ。」

「ああ、BMWっていえば、最近出たギャランってBMWよりかっこいいよね?俺は三菱でいいな。」

と話題を別のほうへ持っていこうと頑張ってみた。

 

同時にわたしは山崎にしきりに目配せをして、「騙されるな」というメッセージを出していた。

なおもしつこく勧誘する男と横でうなずいているだけのヘボ漫才を続けるふたりに 「せっかく会ったんだから、他の話をしよう。」と必死の思いで話題をぶったぎった。

「山崎さんにはもう一度、お会いしたいですね。」と男が言って、ようやく席を立った。

ふたりを見送る玄関口で、わたしは横野に「さようなら」と言った、もう二度と会わないつもりで・・・

 

20年も前の話なので今もこんな馬鹿な商売があるとは思わないが、皆さんもくれぐれも用心して欲しい。

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