相似と相同
中学校の理科の時間に習ってはいないのだが、教科書に書いてあって、強烈に記憶に残っているものがある。 それは相似と相同という考え方だ。
生物学的に別の由来であって、機能的なものや外見が良く似ているものを「相似」という。
例えば、コウモリの羽とトンボの羽根は相似にあたる。
食べ物で言うと、スパゲッティと長崎ちゃんぽんの麺は歯ごたえといい、太さといい非常に良く似ている。あるテレビ番組で2つの麺のルーツが同じでないか探っていたが、結局接点はなかったらしい。 これに対して相同というのは、もともと同じものが、進化の過程で別に見えるものに変わっていくことをいう。
例えば、コウモリの羽とネズミの前足はもともと同じものなので、「相同」という。
わたしはこの相似と相同が言語にも言えるのではないかと思う。
語源で言う、「相似」は日本語なのに、偶然外来語に音韻が似たもの。
これに対して「相同」は、
日本語に同化している外国語が語源のものをいうこと
・・・と定義付けた。
いやあ、非常にアカデミックである。
外国語に似た語源(相似)
I think so.
「わたしはそう思います。」の「そう」と「so」。これが相似の基本だ。
ママ
ママには中国語のままと英語のママのどちらが日本語化したものだろうか?もっとも赤ちゃん言葉でママは世界共通なのかもしれない。
good sleep
「ぐっすり眠る」の「ぐっすり」は"good sleep"から来ている?これも相似だろう。偶然だ。
長崎ばってん
これは高校の参考書に書いてあった。次の文の接続として、「・・・〜but and・・・」と繋ぐと、
ですが、そしてという意味になり、長崎地方で使う、「ばってん」の意味と同じになると言うのだ。
外来語が同化したもの(相同)
シャッポをぬぐ→ポシャる
シャポーはフランス語で帽子である。ポシャるという言葉もあるが、これは、シャッポの逆さ言葉が日本語化したものだ。
だらしない
これが外来語だと思う人は少ないと思う。
「だらし」は「しだら」の逆さ言葉である。「しだら」とはサンスクリット(梵)語の「スートラ」。カーマ・スートラなどでいう、戒律・規律の意味だ。 つまり規律の反対だから、「だらしない」となる。
ちなみに、「だらしない」の「ない」は形容詞の語尾であり、打消しの「無し」ではない。
おてんば
お転婆とも書くので、日本語だと思われているが、オランダ語である。
オランダ語の「Ontembaar」が語源だ。オランダ語で「慣らされていない」という意味で、
さしずめ、じゃじゃ馬慣らしといったところか。
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