言葉へのこだわりと語源C

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相思(シャンス)と朋輩(ホウベ)

かつてわたしの祖母から、上記の2つの言葉を聞いた。

九州地方でもすでに聞きなれない方言というか、表現である。 シャンスは恋人同士、ホウベは友達同士である。 両方とも意味は知っていたが、どういう語源かわからなかった。

ホウベの方は、今でも「ほうばい」と入力すれば単語が出てくる。 朋輩と書くので正しいだろう。 これは高校の時に知った。

シャンスについては、高校の国語の時間に習ったのである。

中国語読みで相(シャン)思(スー)というのを恋人だと先生が教えてくれた。 そして、「この言葉を聞いたことがある者。」と挙手を求められて、 わたしひとりが手を上げた。

聞くと、長崎県地方の言い回しだったようだ。 そういえば、祖母は長崎県出身だった。

NAGはヘビのイメージ

これはわたしが予備校時代に古文の先生から聞いた語源である。

その先生を尊敬していて今でも記憶に残っていたから、忘れないうちに ここに書いておこう。

NAGの発音は、ヘビが語源なんだそうだ。

先生がおっしゃるには、

方言に、へびの青大将のことを青ナジという地方があるという。

他にも、「長い」=「NAGAI」(ヘビは長いから)

「うなぎ」=「UNAGI」(ヘビと同様の体型)

「凪」=「NAGI」(べたっとなぐ様子)

などがヘビのイメージから来ているという。

また、虹(NIGI)もヘビ(NAGI)と同語源だという説もある。

そういえば、アーチの形とニシキヘビのぎらついた体の模様は似ているなあ。 でも、現代人はそういう発想はしないだろう。

そう思って、古代人の発想に思いをはせるとおもしろい。

ははとちち

子供の頃、テレビで発音の話をしていて、今でも記憶しているものがある。 江戸時代のなぞなぞを例に出していた。

「父には一度も会わず、母には二度会うものとは何か?」   「答:

番組では、学者らしい先生が登場して、

「このなぞなぞは、当初こう解釈されていました。

はは、つまり、歯歯だから、唇に2回合う。

ちち、つまり、乳は、自分の唇で乳に触れることはできませんから、

つまり、答えは唇です。 >しかし、これは、後世のこじつけであって、本当の解釈は・・・」

と、話していたのだが、本当にこんな説があったのか?こんな前振りはいらないよね。

父(ちち)の発音と母(はは)の発音から昔の日本人の発音を知るの例として 取り上げられることの多い例である。

現代語では、「ちち」も「はは」も発音してみると唇が触れ合うことは無い

ところが、その頃の発音では、母を「ふぁふぁ」、父を「てぃてぃ」と発音していたらしい。

父親のことをいまだに「てておや」、私生児のことを「ててなしご」と言うではないか。

(注:現在は「言葉狩り」の関係で私生児は「非嫡出子」と表現しなければならないことは知っているが、 語源の論証のためにあえてこう記載した。「言葉狩り」についてはまた別の機会に記載したい。)

話を戻して

母(はは)の発音が、hahaではなくfafaだったことは、 歴史資料からもわかる。

1592年にポルトガル人の宣教師たちが 日本語の学習のために作成した平家物語の表紙には、

左の写真(浜島書店『新詳日本史図説』)にあるように、 「NIFON(日本)の言葉とイストリアを習い、知らんと欲す(FOSS)る・・・・」 と書いてある。

その昔、ハ行はFの唇を噛む発音(中学校一年生が最初に習う発音)だったということがわかり、 結果、例のなぞなぞの答え、唇はふぁふぁで二回触れ合うということになる。


ネーとナイ

朝鮮語「はい、yes」のことを「ネー」という。

どうも日本語からすると、否定されているような語感である。 そう、「ノー」という言葉のほうにより親しみがあるからだ。

一方、佐賀県地方の方言で、「ない」というのは「はい」という肯定の語句である。

昔、B&Bという人気漫才グループ(洋七は佐賀県出身)のネタがおもしろい。

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佐賀県で食堂に入って、「カレーライス下さい。」というと、店の奧から「な〜い」

「何だ無いのか、じゃ、ラーメン下さい。」「な〜い」

「じゃ、かつ丼。」「な〜い」

「何にも無いのか、じゃあ帰る。」というと 注文したものが全部出てくる。

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わたしはこの「ナイ」の語源は朝鮮語だと思っている。

   
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