机の上には小型のパーソナル・コンピュータが置かれている。これは東京本社のセントラル・コンピュータと電電公社の光通信回線を とおして接続されているから、オンライン・ターミナルとして各種にわたる事務処理が出来るのだ。 阿野仁はキーボードに自分のコード番号を打ちこみ、今日のスケジュールを超薄型ディスプレイターミナル(24色のカラー・ディスプレイが可能)に表示させた。 幾つかの事項は、わざわざ出勤するほどの必要性も無いものだったが、午前11時からの幹部会議の議題が”システム保安”に関してというのが気になった。阿野仁はビデオ・プッシュホンのボタンを押して、伊東にあるシステム保安課長の自宅を呼び出した。テレビ電話用の画面に、すでにキチンとスーツを着こんだ課長の厳しい顔が浮かびあがった。おたがいに顔が見えるから、すぐ用件に入る。 「今日の会議は、宅勤(在宅勤務)じゃまずいだろうか」 「まずいですね。システム保安について、かなり機密度の高い事項が話題になりますから」 「分った。出るよ」 阿野仁は出勤する旨をオフィスのセクレタリコンピュータに連絡し、身仕度した。ビジネス・スーツに腕を通しながら考えてみると、出社するのは1週間ぶりだ。 出かける前に、別の部屋に寝ている妻のかおりに声をかけようとしたが、熟睡している様子なので起こさないことにした。居間に置 かれたホームコンピュータに接続した原稿作成器のまわりにプリント用紙が散乱しているので、昨夜はかなり遅くまで原稿書きに没 頭していたらしい。阿野仁の妻かおりは小説を書いていて、半年ほど前に文芸雑誌の賞を受賞したのがきっかけで、最近はだいぶ注文 が増えて忙しくなっている。 食堂でコーヒーとトーストの簡単な朝食をとりながら、ホーム・コンピュータのビデオスクリーンに電子宅配された朝刊を写し出して見る。紙からスクリーンに変わったが、食事をしながら新聞を見るどいう癖は変わらない。 ホーム・コンピュータに伝言機能をセツトし、出勤する旨の伝言を妻へ残し、ついでにマネーカードの残高を確認する。ほとんどの支払いがクレジット・カードや銀行口座からの直接振り出しになっているので、現金を手にする機会がめったにない。コンピュータか らコンピュータに数字が移動するだけというのは金を使ったという実感がわかず、っい使い過ぎる傾向があるので要注意なのだ。 玄関を出ると、後手にドアを閉める。ドアは自動的にロックされ、外部からは家の持ち主が暗証コードをボタンで押してやらない限り開かない。この電子錠のおかげで町から錠前屋が消えてしまった。 ガレージに入り、愛用の車にのる。車のドアも電子キーだ。つまり阿野仁のポケットにはジャラジャラという小銭も、ガチャガチャいう錠の類も入っていないのだ。世はまさにキャッシュレス、キーレスの時代である。 コンピュータ制御装置を組み込んだエンジンは快調にスタートした。阿野仁はゴルフ・コース沿いの道路を快適なスピードで飛ばす。 朝霧はまだ濃いが、彼の車には超音波による衝突防止装置がついているから、かなり視界が悪くても安心して運転できるのだ。さらに 長野県の条例で取り付けが義務づけられている横滑り防止装置(アンチ・スキッド・コントロール)が雪や氷で滑りやすい路面の事故から守ってくれる。もちろん、去年から全部の車両に義務づけられた飲酒運転拒否装置もついている。 駅についたのが9時少し前。駅前の地下駐車場に車を預けてプラットフォームに上がると、9時ちょうどの上りビジネス特急『ひびき2号』がすべりこんできた。阿野仁と同じビジネス・スーツ姿の男たちが一団となってのりこむ。かつて高級別荘地として金持ちが闇歩していた軽井沢は、マイ・コン革命によってサラリーマンの通勤圏が拡大したのと、交通機関の高速化の結果、東京のベッドタウンと化した。高原の澄んだ空気を求めて中流サラリーマンがどんどん移り住み、1980年の初期には人ロー万数千人だった軽井沢町は、1990年の現在、人口20万人の軽井沢市になっている。 しかし、そのわりにはビジネス特急は空いていた。宅勤者が多いのと、出勤もフレックス・タイムを採用しているからだ。阿野仁の勤務するM商事の場合、何時まで、という規定はない。仕事のために必要な時刻に出勤し、用が済めば帰っていい。かつて阿野仁は、出勤や退社時刻に制限のない出版社に入った友人を羨んだものだが、10年後のいま、それと同じ身分になっているわけだ。 マイコン草命の先兵 ビジネスマンの乗客たちが、グリーン車に乗りこむ阿野仁のさっそうとした姿を、羨望と嫉妬のこもった視線で見送る。理知的な顔だちといい、仕立てのいいスーツといい、誰が見ても彼はコンピュータ・エリートと呼ばれる人種の典型であった。 15分後、緑たけなわの高崎郊外には工場地帯が拡がっていたが、どこの工場の従業員用駐車場にも数えるほどしか車がとまっていない。ちょっとした規模の製造業では省力化、自動化がほぼ極限まで進められ、工場はまったく無人地帯になってしまったのだ。日本の誇る自動車産業も、生産ラインはすべて工業ロボツトにまかせられ、最後まで人間がやっていた塗装工程、検査工程も最近無人化されてしまった。 (かつて、この工場の中で働いていた労働者たちは、どこへ行ってしまったのか……) 組立工、旋盤工、溶接工、検査係……。オートメ化のおかげで数百万人のブルー・カラーが職場を追われた。その失業者対策は今も深刻である。どんな劣悪な環境でも、どんなに苛酷な内容の仕事でも、休みを必要とせず愚痴ひとつこぼさずに黙々と働く産業ロボットは、ますます低価格になって普及し、ゆく先々で熟練労働者たちを追い出していた。 (いまは、その波がホワイト・カラーにまで押し寄せている……) 阿野仁は、ここ数年、オフィスに押し寄せたOA革命の波に巻きこまれたホワイト・カラーの運命に思いを馳せた。 その第1波は、IC技術が格段の進歩をとげて、マィコンが社会にとり入れられ始めた、1980年代の初めに打ち寄せてきた。 さまざまな機能を備えた事務機械がオフィスになだれこんできた。 日本語ワードプロセッサー、レーザービームプリンター、オフィスワーク用情報検索システム、光ディスクによる文書管理システム、文書編集機、多機能電話、インテリジェント・ファクシミリ・・・・。 まずタイピストが消え、伝票書き、記帳、文書作成、複写、連絡事務などを受け持っていた一群のオフィス・レディが消え、彼女たちを管理していた者も消えた。それと同時に、オフィスの大部分を占めていた文書や帳簿、資料の類が魔法のように消えた。 セントラル・コンピュータに接続されたデータベースがすべてを呑みこんでくれたからだ。 オフィスはペーパーレス・システムを採用した80年代後半になって、さらに劇的な変化を遂げた。 超薄型グラフィック・ターミナルと組み合わされたパーソナル・コンピュータが社員ひとりひとりに与えられたことにより、彼らは会社に来る必要さえも無くなった。極端な話、会計課長が家から会社のセントラル・コンピュータに電話して命令するだけで、数秒後に は正確に計算された絵料が全社員の銀行口座に振りこまれるようになったのだ。 ビデオ・プッシュホンと電子映像会議コネクタを置けぱ、自分は家にいながら、まるで会議室にいるような気分で会議に参加できる、 「コンピュータに商売ができるか」と言っていた営業マンたちも、今は足まめに得意先を駆け回ったりすることはしない。どんなに個 性的な魅力も、雄弁も、経験を積んだ渉外能力も、コンピュータがデシジョン・サポートを行うようになってからは影が薄れた。有益な情報をいち早く手に入れ、情勢を素早く分析し、敏活な行動を起こす……。これらはすべてコンピュータの助けが無ければ出来なかった。しかし、コンピュータに手伝ってもらえれぱ、無口な営業マンでも雄弁な営業マンに匹敵するだけの、いや、それ以上の成績を上げることが出来るようになった。 それも、雄弁な営業マンが得意先を必死に駆け回っている時、彼は自宅にいながら、相手の会社のコンピュータと会話をして契約してしまうのだ。「営業は人間と人間の勝負だ」と言っていた古兵たちは次々と去っていった。 そういったOA革命をおし進めたのは、阿野仁たちだった。 経済学部を出て、マイコンとは無縁だった阿野仁がM商事に入社したのが、OA革命の第一波が打ち寄せた1980年だったのだ。彼は「これからはコンピュータと人間の関係が重大なものになる」と悟り、同期生たちが先輩や上司と酒を飲んでいる間に、コツコツとコンピュータの勉強を続けた。 驚いたことに、理数系の才能が無いと自分で思いこんでいた阿野仁でも、コンピュータの言語や概念はよく理解できた。どうやら、コンピュータとウマが合うタイプだったらしい。 上層部は単なる技術屋、コンピュータ信奉者でない文科系の阿野仁の才能に着目した。 彼はOA革命を推進する技術屋集団と、困惑し反発する社員たちの間をとりもつ連絡将校の役を与えられ、活発に動きまわった。 ・・・もし、あの時オレに、コンピュータに対する関心が湧かなかったら……) それを考えると、阿野仁は自分の運の強さをづくづく感じないわけにはゆかない。同期の中で、この嵐をのりこえた者は10人にひとりである。「機械より人間との関係の方が大事じゃないか」とせせら笑っていた豪傑肌の同期生も、5年も後輩の新入社員がコンピュータとうまくつき合って、彼よりいい成績を収めるのを目のあたりにして辞めていった。 コンピュータ不適応症 ハッと気がつくと、信越新幹線『ひびき』はもう新装なった東京駅のホームにすべりこんでいた。9時50分である。阿野仁は出口へ向かった。その時、背後から背を叩かれた。 「よう、阿野仁君。今日は出勤かね」 財務部資金課の丸出課長だった。45歳。かって財務部一のキレ者と言われた男だが、最近とみに生彩がない。 「はい。丸出課長もですか?」 「いいや、オレは共同オフィスさ。用もないのに出社しても、コンピュータさまの覚えが悪くなるぱかりだからなあ」 自潮的な笑いを浮かべ、彼は八重洲口の方へ歩いて行った。そっちの方のビルに、彼が机を借りている共同オフィスがあるのだ。 一やれやれ、あんな影の薄さじゃ、この次の人事異動じゃまっ先に退職勧告だな) 阿野仁は同情した。 丸出課長のように家で在宅勤務をせず、わざわざ都心に出てきて共同使用のオフィスを借りて仕事をする者が高年齢者層、管理職に多い。これは”コンピュータ不適応症候群”のひとつの型である。オフィスでなければ仕事が出来ない、という強迫観念のため、家にいることが出来ないのだ。また、妻や家族との不和も原因になっている。妻たちもまた、夫が終日家に居るという事態に適応できず、それまでうまく行っていた夫婦の間が在宅勤務をきっかけに崩壊してしまうケースが多い。 丸出課長の場合も、20年間一緒に連れ添った女房と離婚の話が出ているという。 (ということは、もともとうまくゆくはずのない夫婦だったのだ) 阿野仁は、早くからそういうケースを目にしてきたから、結婚を急がなかった。オフ・コン時代のビジネス・マンにふさわしい妻は忍耐強く情緒的に安定し、理知的で、自立心に富んでいなけれぱならないと彼は信じていた。 そうして、ほぼその理想にかなう女性だと思って、3年前にプログラマだったかおりと結婚したのだ。 彼は妻が小説家という道を進むことに賛成し、援助した。また、なるべく余暇を一緒に楽しむようにした。軽丼沢に居を構えたのも、テニス、ゴルフ、スキー、ドラィブなどのレジャーを満喫するためである。 おかげで阿野仁の夫婦関係は、今のところうまく行っている。ただし、かおりが新進女流作家として売れっ子になったので、忙しさ のためにセックスを楽しむ回数が減っている。 それが間題といえば問題だが・・・。 ・・・そんなことを考えているうち、阿野仁はM商事のオフィス・ビルに着いた。 エレベータで自分のオフィスがある階にのぼると、入口の受付ロボツトが(といっても電子アイをつけた鉄の箱みたいなものだが)「おはようございます」と阿野仁にあいさつした。電子アイと接続した画像識別装置が阿野仁の人相を判断したのだ。社員でない人間が来ると、「いらっしゃいませ。どちらにご用でしょうか」とソフトに音声合成素子の助けを借りて応じる。かなり厄介な問題でもけっこう対処できる。にっこり笑うしか能のなかった受付嬢よりは、色気はないけれど有能である。 情報管理部のドアに身分証明カードをさしこむとドアが開く。同時に彼の出勤が記録された。9時59分。 部員数40名の情報管理部の室内には机が15しかない。せいぜい多く出勤してきてもそれくらいで間に合うのだ。管理職こそ決まった机があるが、平社員は空いている机を勝手に使う。これはどこの部署でも同じである。 阿野仁はシステム企画室長専用のデスクに座った。目の前にはホームオフィスにあるのと同じパーソナル・コンピュータのインテリ ジェント・ターミナル、カラー・グラフィック・ターミナル、プリンタ、オンラインFAXなど一式が揃っている。阿野仁はスイッチを入れて、自分のコード番号を入力した。 マイコン帝国の守護者たち 会議までの1時間のあいだ、阿野仁はルーティン・ワークを片づけていった。 まず、彼のもとに回ってきた電子書類を、緊急度コードの優先順に次々とディスプレイに表示させて目を通す。稟議書のような決裁 が必要なものは、印鑑を押すかわりに指定の欄に指紋をあてる。図形識別装置か確認すると、サッと次のあて先に回されてゆく。 それから、昨日からの懸案事項をひき出し、検討する。他者の意見が聞きたい時は、社内用ビデオ電話をかける。資料が見たい時は情 報検索システムを駆使する。 「システム分析室の穴利主任から社内電話です」 「△△ソフトウェア会社の堅物さまがビデオ電話でお目にかかりたいとのことです」 「郵政省から電子メイルが届いてます。コードー101です」 時々、多機能電話に内蔵されたセクレタリ・コンピュータが合成音声で呼びかける。このコンピュータも音声識別装置がついていて音声入力ができる。たから「よし、つなげ」 と阿野仁が命令すると電話をつないだり、電子メイルを開封したり、口述用音声タイプライタを叩いて簡単な手紙ぐらいは書いてくれる。パーソナル・コンピュータの苦手な下級職員や来客も、音声入力ができるこのコンピュータならコンピュータ語で命令できるので、サブ・システムとして使われている。 ただし、コンピュータ語はオフィス以外で使うと誤解を招く。用件を明確に伝えるだけの、子音を強調して短<切ったことばなので、外部の人間が聞いたら侮辱されたと思うか叱られたと思うからである。しかしある言語学者は、将来は日本語はかなりコンピュータ語 の影響を受けて変化すると言っている。 (似た言語体系に、軍隊が使用する戦闘言語がある) ひと息ついたのか10時50分だ。昔ならタバコを一服吸う所だが、オフィス・コンピュータは超精密電子装置なので、煙の粒子も嫌う。 だから、このオフィスで働く者はみんな禁煙者である。 11時。オフィスビル26階にある電子映像会識室へ行く。巨大なビデオ・スクリーンに面してU字型のテーブルがあり、テーブルの奥には人数分の電子アイ、マイクロフォンが置かれている。議事録作成器が各人の発言を圧縮記録して保存するようになっている。議長席の横には会議サボートプログラムの入力装置がある。 この電子映像会議の特長は、遠く離れた所にいる者もビデオ電話で画像がスクリーンに写され、双方向で音声も伝えられるから、まるで自分も会議場に座っているような雰囲気で会議に参加できることだ。在宅勤務の時代ならではのシステムである。 ただし、今日は機密を重んじるシステム保安についての会議なので、外部との連絡網は一切断たれている。 議長役の管理部長が開会を告げ、コンピュータ語を主として用いた会議が始まった。 「最近、大がかりなシステム破りが続発している。不正介入のチャンスを無くすため、各部門の責任者、幹部に一層のチェックを要求したい」 システム保安課の張子課長が、システム破りの危機を強調した。 「S商事は、先月”大金を払わないとデータ・べースを破壊する”とおどかされ、恐喝犯人に数千万円を払ったという極秘情報が入っている」 情報部門の幹部たちがざわめいた。 「いったい、そんなことが可能かね」 「それが分らないから苦労するのだ」 張子課長は苦虫を噛みつぶした顔をして答えた。 大きなコンピュータには不正使用やデータ破壊、改ざんなどの不正介入に対する防護システムが備えられている。しかし、絶対的な防護システムはまだない。 「特に最近は悪質なプログラマたちが集団を組み、自分たちで破った大型コンピュータを駆使して、さらに大きなコンピュータを破る プログラムを作っているらしい。いずれ我々のコンピュータも狙われる日が来るかもしれない・・・」 日本中はおろか全世界の支社から時々刻々とデータが流れこみ、それを元にして商社の活動が成立している。そのデータの集積が一瞬にして破壊されたらどうなるか。阿野仁たちは身震いした。 「一時、ソフトウェア要員の不足が叫ばれたので、各機関がプログラマの養成に熱中したあまり、今ではプログラマがあぶれ気味で、職につけない者もいる。そういう連中が金ほしさとコンピュータに対するうらみでやってるのかもしれない。」 この世界にもOA革命は押し寄せている。自動プログラム作成装置の進出で、多くのプログラマがM商事からも追われている。彼らが復讐しようとしたら:…・。阿野仁の心はまた暗くなるのであった。 ホワィト・カラーの末路 会議が終るとちょうど正午だった。阿野仁はバッタリ会った営業部の同期の仲間、瀬津内と一緒に食事に出た。かつてはオフィス街の近くにはメシ屋がたくさんあったが、出勤してくるサラリーマンが少なくなったため、メシ屋もかなり少なくなってしまった。以前はオフィス・レディたちの矯声が聞こえた公園も、ひっそりとしている。阿野仁と瀬津内はあるホテルのレストランに入った。 「学生時代の仲間が、いまソフトウェア会社でSデパートのシステム設計をやってるらしいが、今度は無人化に近いくらいオフィスか ら人間を滅らすらしい。」 「いずれはウチだってそうなる。システム分析課の話じゃ、いまのままの生産性なら、全社で100人もいればいいらしい。ソフトウェア要員を別とすれば」 「かつては1万人の社員がいたウチが、100人になる日も近いのか。その時はオレたちは残れるかね」 「無理じゃないか。オレたちはもう頭が固くなってる。コンピュータは益々進化してるからね、追いつけないよ」 「社員をみんなクビにして、オフィスの中でひとりコンピュータが動いてるとしたら、そのコンピュータは誰のために働いてるのかね?」 「そりゃいい質問だ。コンピュータに聞いてみなよ」 ホテルの前の大通りを、ノロノロと疲れきった男たちの残党たちの大群が元気のない声を無理にはり上げてデモ行進している。オフィスから放り出され、働くあてのないホワイト・カラーの残党たちが職よこせデモをやっているのだが、どの顔もガツクリ老けこんでいる。機械に職場を追い出された敗北感と屈辱感がそうさせるのだろうか。 「OA革命でざっと300万人のホワィト・カラーが職を失った。そのかわり、レジャー産業が興隆をきわめたが、とても吸収できない。 ブルー・カラーも失業者がひしめいている。家庭教師になろうと思っても、今はいい電子教育機器が出来てるから求人がない。もとも とコンピュータと相性の悪かった連中だからソフトウェア要員にもなれないし。いささか哀れだなア・・・」 瀬津内は切なそうな声で同情した。 「よせよ、明日はわが身だぜ」 阿野仁は悔然とした。 ※ 午後-時L軽井沢の阿野仁の自宅では、妻のかおりが原稿の最後の一行をファクシミリで送り終ったところだった。 「ああ、終った。ようやく解放されたわ」 彼女は小説が完成間近だったので、今朝10時に目を覚ますと、すぐ原稿書きに取り組んだのだ。 もっとも、彼女の場合は、他の小説家のように原稿用紙にペンで書くのではない。漢字原稿作成器のひらがなキーを打ち、ディスプレイに文字を打ち出してゆくのだ。それを漢字に変換するには、変換キーを叩いてやるとコンピュータが「これだろう」と見当をつけ た字に直してくれる。従来のワードプロセッサーが使用頻度の高い漢字から出してくるのよりは倍もスピードが違う。これは、ある程度、文章の傾向をつかむことができるようにプログラムされたマシンなのだ。 最後まで書きあげると、一番最初までメモリーを戻し、今度はライトペンを使って入念に校正してゆく。もちろん行間に赤い字や線 を書く必要がない。間違った字は直し、空いている所はツメ、つまった所は後へ戻してやると、ピシッと字数のそろった原稿が出来あがる。そこで出版社を呼びだして、編集者に原稿が出来上がったことを告げ、ハード・コピーをプリンタで取りながら、同時にファクシミリで完成原稿を送ってしまったのだ。 出版社は、各作家の書斎にこの原稿作成器を増やすことによって、編集者や校正者の労力を著しく減らすことが出来た。編集者はファクシミリ受信機の傍にいるだけでよく、原稿を受け取りに行く必要がないのだ。 「はい、ご苦労さま。来月もよろしく・・・」 編集者のニコニコ顔がビデオ・プッシュホンから消えると、すぐに彼女は夫の仁の会社にかけた。仕事から解放されると急に夫の顔が見たくなったのだ。 「なんだい、かおり、会社に電話したりして」 自分のデスクの前に座った阿野仁のバスト・ショットが画面に写った。疲れてるのか、ちょっと元気がない。 「ごめんなさい。お仕事の邪魔だったかしら」 「いや、そんなことはない。いま、午後の分を片づけた所だ。そろそろ帰ろうかなと思ってたんだよ」 「丁度よかったわ。私も今、原稿の方を送ってしまったの。2,3日食事もロクに作らないでご免なさい。だから、今日は久しぶりに外 でお食事しない?」 「それはいいねえ」 阿野仁の顔にようや<生気が戻ってきた。 (少し働きすぎだわ)とかおりは思った。 「ぼくが戻ろうか、キミが出てくるかい?」 「久しぶりに銀座の『H』でステーキでも食べたいわ」 「あそこはよそう。あの界わいは最近、やたらに物騒になってきたんだ。東京もだんだんニューヨークに似てきたよ。貧乏人と金持の 格差が広がってきたのかね」 (たぶん、コンピュータのせいなのだ。コンピュータに信頼されたものは勝って幸福になり、コンピュータに嫌われたものは負けて貧乏になる。人間はまだ、コンピュータの真の使い方を知らない・・・) だが、コンピュータ・エリートと呼ばれる阿野仁は、わざと快活な声を出した。 「じゃ、Sホテルにしよう。あそこの炭焼きステーキは最高だ。なんてったって、人間が焼くんだから!」