一世を風靡したテレビCM 3

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昭和50年代〜成熟期

 

昭和50年代に入ると、キャッチコピーの定着、CMとタイアップしたCMソングがヒットするなど、成熟期を迎える。

ここでは、高度成長とともに歩んだCMを取り上げてみました。

元号年 西暦年 スポンサーと商品 内容
昭和50年 (1975年) 明治生命 生命保険
ぜんまいじかけのサルのおもちゃ。ねじを巻かれて、パンチングボールを叩きつづける。「アイ・アム・ア・チャンピオン」「アイ・アム・ア・チャンピオン」・・・「アイ・アム・ア・チャ・・・・」やがて、人生終了のゴングが鳴る。生命保険というネガティブイメージを逆手取った作品。
昭和51年 (1976年) ハウス シャンメン
「わたし作る人、僕食べる人」で問題になったCM。参議院議員の故市川房江さんから、「男女の分業、女性の家事労働を強制するものだ。」という抗議があった。
昭和52年 (1977年) カネボウ クッキーフェイス 夏目雅子 今は亡き夏目雅子さんが鮮烈デビューを飾ったCM。確か、本人も「♪食べてしまおうかな〜・・・クッキーフェース」と歌っていた。こんがり肌を焼くのがその当時の流行だった。隔世の感がある。
昭和53年 (1978年) 日清食品 UFO焼きそば
当時、UFOが大ヒット、レコード大賞をとった勢いで、焼きそばにまでなってしまった。現在でもUFOの名前で売られているのは、立派。自転車のドレミ真理ちゃんはどこへ行った?
昭和54年 (1979年) 吉野家 牛丼
パパが会社の帰りに吉野家の牛丼弁当をおみやげに買ってくる。 「やったー!あしたはホームランだ。」と喜ぶ子供。 今は、狂牛病で大変な逆境にある吉野家だが、がんばって欲しい。
昭和55年 (1980年) ミノルタ 一眼レフカメラ
「♪今の君はピカピカに光って・・・」のメロディに合わせて、熊本大学出身の才媛、宮崎美子が、海岸でジーパンを脱ぎ、ビキニになる。その初々しい仕草で鮮烈なデビューをし、お嫁さんにしたい女優ナンバーワンになる。でも、離婚してしまった。今見ると、けっこうブヨブヨな腰の周りなんだけどそこがまたいいのだ。ちなみに美子さんは、ビキニのことを「ちぎれた水着」と言っていたらしい。
昭和56年 (1981年) クラリオン カーステレオ
黒人の可愛い男の子、エマニエル坊やがダンスしながら歌う、話題になったCM。ヒットした次の年の新春スターかくし芸大会では、松田聖子がエマニエル坊やの物まねをしていた。
昭和57年 (1982年) サントリー レッドウィスキー
女優の大原麗子さんの若妻シリーズのCM。かいがいしく夫の世話をするが、夫は無反応・・・という、よく日本酒のCMで使われる手法をウィスキーに持って来た。「少し愛して、なが〜く愛して」のキャッチコピーが受けた。
昭和58年 (1983年) 国鉄 ナイスミディパス 中年の女性3人で旅行する時にお得なパスのCM。中年のおばさんを「ナイスミディ」と呼ぶことでおしゃれなイメージに。出演していたのは、野際陽子、泉ピン子、菅井きんの3人。強烈なキャラクター揃いだった。
昭和59年 (1984年) マルマン 禁煙パイポ
3人のサラリーマンのおっさんが登場。一人目「わたしはこの禁煙パイポでタバコをやめました。」二人目「わたしもこのパイポでタバコをやめました。」三人目「わたしは、」小指を出して、「これで、会社を辞めました。」

 


 
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