一世を風靡したテレビCM 2

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昭和40年代〜成長期

 

レナウンのイエイエで従来の効能書きのCMからイメージ戦略の幅を持った日本のCM界。

ここでは、高度成長とともに歩んだCMを取り上げてみました。

元号年 西暦年 スポンサーと商品 内容
昭和40年 (1965年) オリエンタル スナックカレー
レトルトカレーの先駆。コメディアン南利明の名古屋弁のCM。「ハヤシもあるでよ。」で話題に。もともとはカレーがメインなのにハヤシの方が有名になってしまった。
(画像はオリエンタル様からご提供いただきました。感謝)
昭和41年 (1966年) レナウン ワンサカ娘
外人のお姉さんが、日本語で、「プールサイドに夏がくりゃ、イェイェイイェイイェイ・・・」と歌うCM。作曲はご存知、小林亜星。
昭和42年 (1967年) 森永製菓 チョコフレーク
イギリスのトップモデルだったツイーギーが来日して、CMにまで出演。「ツイーギータッチ、ツイーギータッチ、チョコフレーク」というCM。本当に細身であんなにチョコレートを食べてもやせていられるんだと、日本女性をある意味騙した作品。
昭和43年 (1968年) ハナマルキ味噌 おかあさ〜ん
お味噌汁のCM。小さい女の子が「おかあさ〜ん」と夕日に向かって叫ぶ。高度成長期真っ只中のこの時期に、既に昔を懐かしむ懐古趣味的なCMがあったことは、歴史学的にみて貴重だといわざるを得ない。女の子は田村奈津子さんという方らしい。
昭和44年 (1969年) 丸善石油 ガソリン
小川ローザのパンチラが日本中で話題になった作品。「oh!モ−レツ」は流行語になった。小川ローザのミニスカートがダッシュする車の勢いでめくれてしまう。当時、ハレンチブームという社会背景もあった。その後、小川ローザが確か全裸で体育館座りするCMもあったと思った。
昭和45年 (1970年) 富士ゼロックス 複写機
一切商品は登場せず、当時のヒッピーの格好をしたサイケデリックな若者が、BEAUTIFULと書いたメッセージを持って、銀座の街角を歩いていく。歌はビューティフル、ビューティフルを繰り返すだけ。逆にとてもインパクトがあった。
昭和46年 (1971年) ライオン リンス
エメロンクリームリンスの視聴者参加型CM。というより、いきなり髪のきれいな女性の背後に迫って、後ろから声をかける。シリーズ化されてしまうと、CMのロケをどこでやるかが口コミで広がっていった。小林亜星作曲のハニーナイツの歌で、「振り向かないで○○の女」とご当地を歌いこむのも話題に。
昭和47年 (1972年) 丸大ハム 「腕白でもいい」 父親と息子が野外の焚き火でパンケーキを作り、ハムを巻いて食べるCM。「腕白でもいい、たくましく育って欲しい。」と
昭和48年 (1973年) 森永乳業 クリープ
「クリープを入れないコーヒーなんて・・・」と渋い中年の魅力、芦田伸介が暖炉でクリープ入りのコーヒーを飲む。他にも、「クリープを入れないコーヒーなんて・・・」を喩えるフレーズを各界の人に募集。例えば野球解説者の青田昇氏「ホームランの出ない試合のようですね。」大賞を取ったのは、「クリープを入れないコーヒーなんて、女性のいない世の中のようなもの。」
昭和49年 (1974年) 松下電器 カラーテレビ

坊屋三郎さんと外人がカラーテレビをはさんで論争している。外人の発音がなまっていると坊屋さんが、注文をつける。外人は二音節で発音をしてしまうが、坊屋さんは日本語らしく「く・い・ん・と・り・ッ・く・す」と8音節でちゃんと発音しろという。

 


 
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